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大阪地方裁判所 昭和43年(わ)5791号 判決 1968年7月13日

本籍 大阪市住吉区苅田町八丁目八五番地

住居 前同町一〇丁目九番地

自動車運転手 宮本智二

大正一五年八月三一日生

<ほか三名>

右宮本智二に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、威力業務妨害、斎藤博幸に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、威力業務妨害、私文書毀棄、筒井喜代司に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、威力業務妨害、傷害、片岡求に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害各被告事件につき当裁判所は検察官嶋田貫一、同松本勝馨出席の上審理を遂げ次のとおり判決する。

主文

被告人宮本智二を罰金一〇、〇〇〇円に、同斎藤博幸を懲役一月および罰金一〇、〇〇〇円に、同筒井喜代司を罰金五、〇〇〇円に、同片岡求を罰金七、〇〇〇円にそれぞれ処する。

被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人斎藤博幸に対し、この裁判確定の日から一年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、別紙訴訟費用負担一覧表記載の分は同表記載のとおり各関係被告人の負担とする。

本件公訴事実中、被告人斎藤博幸、同片岡求が共謀の上、昭和四〇年五月四日午後二時三〇分頃、会社従業員寮二号室において、こもごも平手で中尾孚の胸や背中を突くなどして廊下に押し出した上、さらに手で胸を突き、押すなどし、もって数人共同して暴行を加えたとの点については被告人斎藤博幸、同片岡求は無罪。

理由

第一、本件各事件に至る経緯

一、被告人らの身分関係

被告人らは、いずれも大阪市生野区巽四条町一〇八番地所在昭和交通株式会社(昭和四二年三月七日大和タクシー株式会社と名称変更、以下昭和交通又は会社と略称する)の従業員(自動車運転手)として勤務している者であって、同会社従業員の一部をもって昭和三八年五月二〇日に結成された総評全国自動車交通労働組合大阪地方連合会昭和交通労働組合(以下第一組合と略称する)の組合員であり、被告人宮本智二は右組合結成後間もなく同組合の教宣部長(執行委員)となり、その後執行委員長等の役職を経て、昭和三九年度末一時金争議(以下本件争議と略称する)当時同組合の執行委員(なお、昭和四〇年二月以降は書記長代行)、被告人斎藤博幸、同筒井喜代司はいずれも昭和三八年八月から引続き同組合の執行委員の地位にあったものである。

二、昭和交通における労使の実態

被告人らの属する昭和交通は、一般旅客自動車運送事業を営む会社であって、本件争議発生当時の会社従業員は代表取締役竹内好一のほか自動車運転手八二名、修理工一一名、事務関係者九名、合計一〇二名をもって構成され、営業用自動車(以下営業車と略称する)三七両、マイクロバスおよび小型貨物車各一両を所有していた。

一方、従業員の一部をもって組織する第一組合は、昭和三八年五月二〇日会社の現経営者である坂東政雄の企業買収に対する反対運動を契機として会社所属の多数従業員をもって結成されたが、その後分裂、脱退、再加入等の曲折を経て、本件争議発生当時における同組合所属従業員数は三十数名であり、他方、第一組合に属さないその余の従業員中の二十数名は、本件争議開始直前の昭和三九年一一月末頃親睦団体新栄会を結成したが、残余の者は、第一組合および新栄会のいずれにも所属しない状態であった。

ところで、本件争議発生当時までの会社従業員ことに自動車運転手の給与額等は、同種企業間においてかなり低位にあり、ために右運転手らは会社が要求する運賃収入と自己の歩合給を確保するため深夜時間外労働を余儀なくされていたが、かかる場合、就業規則によると深夜割増賃金および時間外手当を支給することが定められていたにもかかわらず、会社は、右時間外労働の実体が容易にとらえがたく、かつ従業員からも右賃金等の請求がなかったことを理由に深夜時間外労働を超過勤務として取扱わず、右賃金等の支給を怠っていた。

三、本件争議の経緯

(一)、本件争議の経過と会社の態度

総評全国自動車交通労働組合大阪地方連合会は、昭和三九年九月の大会決定に基づいて、同年末頃、傘下の各労働組合を通じ年末一時金の統一要求を掲げ、いわゆる年末闘争を開始するに至ったが、昭和交通第一組合も、右方針に従って、同年一一月一六日以来、会社に対し、年末一時金一人平均六〇、〇〇〇円の支給および自動車強盗防止対策の即時実施等の要求を掲げて会社との間に団体交渉を重ねて来たところ、会社側は、同年一二月三日に六ヵ月以上の継続勤務者に限り年末一時金平均四一、八五〇円を支給する旨回答し、次いで同月八日には右金額を四三、三一二円に増額して提示したが、第一組合は、右金額はいずれも低額であるのみならず、右金額より各種欠格控除(運転手が交通事故を起し、あるいは欠勤した場合等に一定金額を支給金額より差引く制度)をすれば実質手取額は右金額よりはるかに減少し、同種会社の年末一時金と比較して著しく低額にすぎるとの理由で右回答を拒絶し、前記要求貫徹のため、同日午前一〇時から職場集会を開催してストライキ権を確立の上、同日午後五時、会社に通告し、直ちに同月一〇日午前一〇時までの時限ストライキに突入した。一方、会社は、右金額を同月九日に四四、七〇〇円、次いで四五、〇〇〇円に逐次増額して提示したが、第一組合は、前同様の理由から会社側の右回答を受諾せず、ひきつづき翌一〇日午前一〇時、営業車備付の自動車検査証三一枚およびエンジンキイ六個を集めて(その余の自動車検査証およびエンジンキイはすべて会社営業班長湯村正雄において保管)再び時限ストライキに突入したところ、その頃、会社は年末一時金に関する最終回答として一人平均四五、二〇〇円を提示したので、第一組合は、後記のごとく当時ストライキに参加同調していた非組合員(新栄会員を含む)らと職場集会を開催して右最終回答の諾否、ストライキ続行の可否等について討議を重ねた結果、新栄会員らの反対にもかかわらず、前同様の理由で右回答をも拒絶し、ストライキを継続することに決し、爾来同月一三日午前一〇時までは二四時間ストライキを反覆継続し、それ以後は無期限ストライキに突入するに至った。

(二)、本件争議に対する非組合員の態度

一方、非組合員は、同月八日午前一〇時の業務開始時には平常通り就労したけれども、右ストライキに突入した第一組合員の説得によって、同日夜から徐々に、翌九日には殆ど全員が第一組合の前記ストライキに参加、同調するに至り、同日および一〇日にかけては第一組合および非組合員全員による統一ストライキが決行された。

しかるに、前述のごとく、同月一〇日の前記会社の最終回答に対して開かれた職場集会において、右回答の諾否をめぐって右回答額を不満としてストライキの続行を主張する第一組合と右回答の受諾を希望する新栄会との間に対立が生じ、新栄会は、第一組合に対し、闘争方針の転換を迫り、ストライキの続行に強く反対するに至ったが、前述のごとく討議の結果、ストライキは続行されることに決したので、新栄会は、これを不満とし、その頃会社に対し就労の意思を伝達した。

(三)、会社の営業再開と新栄会の就労決意ならびにこれに対する第一組合の態度

(1)、如上のごとく一二月一〇日に新栄会の就労申込を受けた会社社長竹内好一、同営業課長中尾孚ら会社幹部は、これに応じて営業を再開しようと決意し、同夜国鉄大阪環状線桃谷駅前のきよ香旅館に新栄会員を招集して会合を開き、席上竹内、中尾両名は、新栄会員に対し、翌一一日の就労に関する業務命令を発するとともに、右会員と就労方法等について協議を重ねた。その結果、翌日の営業再開が可能と考えた前記竹内は、右会合に出席しなかった残余の非組合員に対しても右業務命令を発しようと考え、同夜前記中尾に対し、非組合員を対象として一一日からの就業を命ずる趣旨の業務命令書の作成および掲示を命じた。よって、中尾は、一一日午前九時過頃、右指示に従って部下の会社営業班長西村仁に対し後記業務命令書の作成および掲示を命じ、西村は、会社事務室においてこれが作成にとりかかり、第一組合員数名の激しい抗議のうちに右文書を作成したけれども、結局、後記認定のごとく被告人斎藤の後記罪となるべき事実一の行為により会社は右文書を掲示するに至らなかった。

(2)、一方新栄会員二十数名は、会社との前記協議に基づいて出社し、会社は、同日午前一〇時頃(後記罪となるべき事実一発生直後)新栄会員に対して出欠点呼を実施しようとしたが、第一組合員の妨害により中止のやむなきに至ったので、同日の営業再開をひとまず断念し、新栄会員に対し仮眠室での待機を命じたところ、就労意思の極めて強い新栄会代表者奥野月春、西川洋ほか数名が連れ立って、同日午前および午後の二回に亘り、第一組合事務所を訪れ、同組合執行委員会副委員長で本件争議の指揮をとっていた佐藤大助、被告人宮本ら第一組合幹部数名に対し闘争方針の転換を強く迫るとともに、新栄会員の強い就労意思を伝達したが、とくに第二回の申入態度は極めて強硬で、奥野らは、翌一二日は会社と協力し、親会社たる大和交通労働組合および警察官の応援の下に実力に訴えてもピケッティングを強行突破し、就労する予定であることを断言したため、右第一組合幹部らは、奥野らの右態度や当時の会社および新栄会ならびに大和交通労働組合と第一組合との力関係に鑑みると、通常のピケッティングをもってしては新栄会の就労および車両の搬出を到底阻止すべくもなく、もしかりに会社側に一旦車両を搬出されると会社がこれを使用して営業を再開することは火を見るよりも明らかであり、これとともに第一組合によるストライキの即時壊滅は必至であるとの結論に達し、早急にこれが対策を樹立する必要に迫られるに至り、その結果、被告人宮本、同斎藤、同筒井らの後記罪となるべき事実二の行為が遂行され一二日の就労は完全に阻止されるに至った。

(四)、昭和三九年一二月一二日以後における本件争議の経過

如上のごとく一二日の就労を阻止された新栄会員二十数名らは、同日夕刻会社の提供した前記きよ香旅館において協議の末、第一組合に対抗し、かつ会社との交渉を円滑にするための必要上から親会社たる大和交通労働組合幹部らの指導の下に右新栄会を改組して昭和交通株式会社従業員組合(以下第二組合と略称する)を結成し、その後会社は就労を希望する第二組合員にきよ香旅館への待機を命じた。他方、第一組合は、前記のごとく一二月一三日から無期限ストライキに突入し、第一組合員によるピケッティングを強化して会社管理職および第二組合員等就労希望者の出社を阻止するかたわら一二月一七日、二九日ないし三一日に亘り会社側と団体交渉を継続したが双方相譲らぬため交渉は妥結に至らなかったのみか、会社は、三一日の団体交渉において、年末一時金支給に関する団体交渉継続の条件として当時の第一組合執行委員長田村三郎、副執行委員長佐藤大助、書記長稲沢朝市ら第一組合三役の解雇を主張したため、第一組合はいよいよ態度を硬化し、前述のごとく無期限ストライキを継続してきたところ、昭和四〇年二月一一日に至り右ストライキを中止し、新たに道路交通法、労働基準法等を厳守して就労するいわゆる遵法闘争に戦術を転換し同年七月二〇日まで右闘争を継続した。

四、会社の第一組合員およびその他の従業員に対する処遇態度

ところで、会社は、会社と第二組合との間に締結された昭和三九年一二月二一日付協定に基づき、前記争議期間中の同月一〇日以降は、第二組合員および非組合員は就労意思をもって出勤していたが、第一組合の前記争議により、不本意ながら就労しえなかったものであるとの見解から、同人等の実質賃金の六〇パーセントを補償し、さらに四〇パーセントを争議解決後会社が全責任をもってこれを解決する条件で貸与して事実上これを補償したばかりか、右争議期間中第二組合員らの他社出向を許可したのみならず、その際一乗務につき八〇〇円の手当を補償するなどして第二組合員および非組合員を殊更優遇し、これを懐柔する一方、第一組合員に対しては、(1)第一組合の前記争議期間中(前記一二月八日以降昭和四〇年二月一一日まで)の賃金カットを行ったほか、(2)昭和三九年一二月度分賃金(同年一一月二一日以降一二月二〇日までの賃金)につき規定歩合給を支給せず、かつ同賃金から当該組合員に対する各種貸付金、前払金を差引いて支給しようとし、(3)さらに前記遵法闘争を怠業とみなし、右期間(ただし昭和四〇年二月一六日以降同年七月二〇日まで)中の二月ないし五月度分賃金につきそれぞれ運賃水揚額の多寡に応じて基本給賃金のカットを行い、さらに、(4)遵法闘争開始直後の営業再開準備期間中(昭和四〇年二月一二日以降同月一五日まで)の賃金は、事実上の営業不能を理由としてカットする等の厳格な措置をとったので、第一組合より大阪地方労働委員会、大阪城東労働基準監督署長等に対し、各種提訴がなされたところ、これに対し、昭和四〇年一月一八日右労働基準監督署長より右一二月度分賃金等(前記(1)の一部および(2)ならびに前記第一の二記載の深夜時間外手当の支給)に関する是正勧告がなされたが、会社は、同年二月一一日にようやく右勧告の一部(前記(2))に従ったのみで、同年四月五日付文書による同署長の右基本給賃金のカット(前記(3))に関する是正勧告および同年五月六日付大阪地方労働委員会の文書による勧告のいずれにも従わなかったので、第一組合は、さらに同年五月二一日大阪地方裁判所に対し右未払賃金等に関する支払請求仮処分申請をなし、同年六月下旬ほぼ第一組合主張どおりの仮処分命令を得たが、会社側はこれに対する異議訴訟を提起して争い、右訴訟は昭和四二年二月取下げに至るまで同裁判所に係属した。

五、会社の第一組合および同組合員に対する不当労働行為

会社営業課長中尾孚は、その立場を利用し、本件争議期間中の昭和三九年一二月一六日から昭和四〇年一月一二日頃までの間、第一組合員橋本整二、同近藤昇次および同内山良夫の妻の叔母等に対し、それぞれ第一組合および同組合幹部らの悪口をいい組合にとどまるならば不利益を受けるであろうと示唆して右組合員らの第一組合からの脱退を勧誘ないし強要したばかりか、さらに昭和四〇年四月一〇日、当時、昭和交通の大株主であり、事実上同会社を支配しうる地位にあって、その言動は実質的に会社の言動と認められた坂東政雄は、当時の第一組合副執行委員長佐藤大助、執行委員山田強、同内山良夫を料亭に招いて酒食を供応した上、第一組合幹部を非難し、右佐藤らに組合にとどまるならば不利益を被るであろうことを示唆し第一組合の分裂を策してそれぞれ第一組合の団結、運営に支配介入し(その結果、同月二二日第一組合幹部佐藤、田村、稲沢らは、同組合を脱退した)、さらに右争議期間中、会社側は、貸付金貸与者のうち第一組合員のみを対象とし、同人らの経済的困窮を熟知の上敢えて、右貸付金の返還請求支払命令を申立て他の従業員に比較して第一組合員を殊更不利益に取扱う等の所為に出たため、第一組合員をしてますます会社に対する不信の念をつのらせるに至った。

六、会社営業課長中尾孚と第一組合員との関係

如上のごとく、第一組合による本件争議が長期化するに従い、会社および第一組合は、ともに相手方に対する敵対感情を激化させて来たが、会社側は、前述のごとく第一組合対策として、前記各賃金カットをはじめとして、第一組合員に対する組合離脱工作、中立組合の結成示唆等第一組合に対する支配介入ないしは不利益取扱を敢行し、露骨な第一組合切りくずしの行為に出たが、その際中尾は、会社営業課長として会社の右不当労働行為に常に積極的に関与し遂行したため第一組合員の激しい反感を買うに至り、一方、第一組合は、昭和三九年一二月一三日の無期限ストライキ突入以来ピケッティングを強化し、会社管理職はじめ第二組合員の会社構内への立入を阻止し、その状況は右ストライキが中止された昭和四〇年二月一一日まで継続した。

第二、罪となるべき事実

一、被告人斎藤は、昭和三九年一二月一一日午前九時五〇分頃、折から団体交渉のため第一組合員六、七名が居合わせた会社社長室において、前記経緯(前記認定事実第一の三の(三)(1)記載の経緯)から会社社長竹内好一が非組合員に就労を命ずる目的で同人らに対して会社掲示板に掲示するため、会社営業班長西村仁に作成させた業務命令と題する文書(作成名義人社長竹内好一、日付一二月一一日、内容「非組合員は業務をすることを命ず」との文書)を、右西村から取上げた第一組合オルグ藤本某から受取るや、会社側が右文書を作成掲示しようとしたのは非組合員を前記争議から離脱させ、右争議を崩壊させる意図に出たものにほかならないと判断し、前記竹内に対し、右文書を突きつけながら「こういうものを書かしてよいのか」などと抗議するとともに、直ちに右文書を両手でまるめてしわくちゃにした上、社長室入口方向に投げすて、もって権利義務に関する私文書を毀棄するとともに、威力を用いて会社の非組合員に対する業務命令の伝達を不可能ならしめ、もって当該業務を妨害し、

二、如上(前記認定事実第一の三の(三)記載の事実)のごとき、状況の下に、被告人宮本、同斎藤、同筒井は、昭和三九年一二月一二日に予定された会社の営業再開と新栄会の就労に対する対策を協議するため、同月一一日午後六時三〇分頃から会社構内に存する会社従業員寮一号室の第一組合事務所で開催された第一組合の全員集会に同組合副委員長佐藤大助ら組合幹部およびオルグらとともに出席し、佐藤が議長となって参集した第一組合員約三〇名および若干の非組合員(新栄会員を除く非組合員)と協議を重ねた結果、このまま放置すれば会社および新栄会によって翌一二日の就労を強行されるばかりか、営業車を会社外に搬出されることは必至であり、その結果第一組合による年末一時金闘争は敗北のやむなきに至るとの判断の下に、会社および新栄会の就労を阻止するため、営業車等の車輪タイヤチューブ(以下単にタイヤと略称する)から空気を放出させてその運行を不可能ならしめ、もって右就労を阻止することに決し、ここに、前記佐藤ら組合幹部および出席組合員らと共謀の上、被告人宮本、同斎藤、同筒井は、翌一二日午前七時過頃から第一組合員中村寛ら数名と共同して、別紙空気放出車両一覧表自動車の駐車又は保管場所欄記載の場所において、車両のタイヤチューブのバルブをはずし、あるいはゆるめるなどの方法を用いて、前同所に駐車又は保管中の右一覧表本件空気抜きの対象となった自動車の車種、登録番号欄および空気抜きされた車輪タイヤの部位数量欄各記載の会社所有の営業車等三五両の車首方向右側前後各車輪、同左側後車輪各三三個、同左側前車輪三二個の各タイヤチューブの空気を完全又は走行不能な程度に放出し、右一覧表第二回実況見分開始時における修復状況欄記載のごとく同日右タイヤへの空気注入により右各車両が復旧をみるまでの間、右各車両の運行使用ならびに各種整備等管理に必要な措置をとることを事実上不可能ならしめ、もって威力を用いて会社の業務を妨害し、

三、被告人片岡は、昭和四〇年五月四日午後二時三〇分頃、昭和交通従業員寮二号室の自室において、会社営業課長中尾孚から、借用中の右二号室を明渡し、現に第一組合事務所として使用中の一号室への移転を要求されたが、右要求は第一組合員たる自己および第一組合に対する不当ないやがらせと判断して直ちにこれを拒否し、折から来合わせた第一組合員斎藤とともに中尾を廊下へ押し出したところ、同人は、被告人片岡らの右行為に憤激の余り、同寮一号室の第一組合事務所ドアにセロファンテープでもって貼付し、掲示してあった「全自交昭和交通労働組合」と墨書した表示札を「組合事務所として貸与したことはない」という趣旨の発言をしながらひきはがすに至ったので被告人片岡は中尾の右行為に激怒し中尾の胸倉をつかんで激しく抗議したところ、同人もこれに応じて被告人片岡の胸元をつかんで振り回して倒そうとしたが、そのはずみで中尾の手が同被告人の顔面を殴打する結果となったので同被告人は激昂の余り、「殴ったな」といいながら右手拳で中尾の右眉部を一回突き上げ、よって同人に対し加療約五日間を要する前額部打撲擦過傷を負わせ、

四、第一組合は、本件争議突入後の昭和三九年一二月末頃、会社に無断で会社正門脇にストライキ破り等に備える目的で本件ピケ小屋を建造し爾来争議の用に供して来たところ、会社は、右ピケ小屋の破損が甚だしく、その存在は著しく会社の美観を損うものとして、かねてより右ピケ小屋の撤去を要求し、昭和四〇年五月初めにも数回に亘り右小屋の撤去を求めて来たところ、第一組合はその都度争議未解決(遵法闘争中)であって、なお右ピケ小屋を必要とするとの見解の下に、会社の右要求を拒絶していた。しかるに、昭和四〇年五月六日午後四時頃、会社営業課長中尾孚、同営業班長雑賀智の両名が、第一組合の承諾を得ないまま右ピケ小屋の撤去作業に着手したので、これを知った被告人宮本、同斎藤は、当時の第一組合執行委員長北村佐治夫、組合員山元守男らとともに直ちに、右撤去作業に対する抗議に赴き、

(一)  被告人斎藤は、会社社長室において、右第一組合員らとともに前記中尾に対し激しく抗議するうち憤激の余り「馬鹿野郎」と怒鳴りながら右平手で中尾の胸部を一回突き、さらに膝頭で同人の股間付近を二回蹴りつけ、

(二)  被告人宮本は、会社事務室において、前記中尾に対し第一組合員らと抗議を続行するうち憤激の余り、同人の胸部を一回突き、さらに被告人宮本の殴打を受けとめようとした中尾の左手を一回殴打し、

五、被告人宮本、同斎藤、同片岡は、昭和四〇年五月二六日会社営業課長中尾孚が第一組合員伊青稔に対してなした業務命令(伊青の担当車両の故障修理のため同人に対し右故障車を大和交通へ運行するよう命じたもの)は伊青に対する不当ないやがらせであると考え、同日午後七時過頃第一組合執行委員長北村佐治夫、同組合員山田強、同山元守男、同尾迫明とともに会社社長室に赴き、同所において中尾に対し、右業務命令の説明を求めるとともに激しく抗議したところ、中尾は言下に右説明要求を拒絶し、事務室に逃れ出たので被告人三名はじめ右組合員は立腹し、同所において、中尾に対しこもごも「業務命令を強制するのか」「あほ」などと怒鳴りつけて抗議したところ、中尾は再び、被告人らから逃れるべく椅子から立ち上ろうとしたので、被告人三名および右組合員らは、互に意思を通じ、被告人片岡において、中尾の両腕や肩を手で押えるなどして数回椅子に押しつけ、被告人宮本において、中尾の胸を平手で数回押し、同人の後頭部を平手で一回突き、その間右組合員らは中尾の椅子を蹴り、または屑籠を蹴るなどし、さらに社長室に難を避けた中尾に対し、被告人斎藤が、胸部を一回突くなどし、もって数人共同して暴行を加え、

六、被告人片岡は、昭和四〇年六月一七日午後七時過頃、会社事務室において、当直中の営業課長中尾に対し、会社の前記(第一の四記載)賃金カットに対する第一組合の賃金支払請求仮処分命令申請事件の第一回審尋期日に担当裁判官の勧告によって会社側と第一組合との間になされた合意(請求金額等について双方協力の上数額を確定して争点を整理することの合意)に基づいて、右請求金額を確定するために必要な運転日報の閲覧を要求したところ、中尾は右日報が右仮処分事件に必須の資料であることを熟知しながら右日報の閲覧につき社長から許可の指示もなく、また第一組合に対する不信の念から同被告人らによって改ざんされることをおそれる余り被告人片岡の右要求を拒絶したので同人は前記合意には当然運転日報を閲覧させる約束が含まれているにもかかわらず、中尾が閲覧を拒絶するのは第一組合に対する不当ないやがらせと判断し、折から付近に来合わせた被告人筒井、第一組合員山田強、同尾迫明、同友納未夫、同酒井明らを右事務室に呼び入れて、同人らとともに、さらに中尾に対し運転日報の閲覧を要求したところ、同人はなおも右要求を無視する態度に出たので、被告人両名らは、右態度に憤激し、互に意思を通じて中尾に対し、こもごも「日報をなぜ見せんのだ、馬鹿野郎。」などと怒鳴るうち、被告人筒井において、やにわに中尾の顔面に三回に亘って唾をはきかけ、さらに被告人両名および右第一組合員らにおいて、中尾の手首を引っ張るなどして同人を事務室北隣の社長室入口付近に連行の上、その背中を右入口ドアーに押しつけ、こもごも同人の胸元をつかんでゆさぶり、尾迫において、膝頭で数回中尾の膝を蹴りつけるなどの暴行を加え、よって同人に対し、加療約一週間を要する胸骨部挫傷、両側前膊擦過傷を負わせ

たものである。

第三証拠≪省略≫

第四弁護人らの主張に対する判断

一、判示罪となるべき事実一について、

(一)、弁護人は、被告人斎藤が本件業務命令書を両手でまるめてしわくちゃにした上、投げすてたか否かは証明不十分であり、さらに右命令書は単なる意思伝達文書であって権利義務に関する文書に該当しないばかりか、ストライキ参加中の非組合員に対し業務を命ずる文書であるから無効であり、さらに進んで争議の切りくずしを目的とする違法な文書であるから刑法二五九条所定の権利義務に関する文書として保護されるべきものではないし、かりに右命令書が権利義務に関する私文書であったとしても被告人斎藤の行為は会社側の不当な争議切りくずしに対してなされた正当行為であると主張し、さらに右文書は代替性があって再度の作成掲示も可能であり、また前記業務命令の伝達は他の手段方法によっても十分その目的を達することが可能であったにもかかわらず、会社が再び右業務命令を伝達しようとしなかった以上、右業務はさほど重要なものではなく、従って威力業務妨害罪にいう業務にはあたらないものであり、まして前述のごとく右業務命令は無効かつ違法であったのであるから、被告人斎藤がこれを妨害したとしても、その行為は威力業務妨害罪を構成しないと主張する。

(二)、よって、先ず被告人斎藤が、判示のごとく右命令書を両手でまるめてしわくちゃにした上、これを放棄したか否かについて検討する。

なるほど、被告人斎藤は当公判廷において、自分は社長竹内に対し命令書を突きつけ抗議したが、その後これをたたんで傍にいた者に手渡したにすぎないと供述するけれども、右供述は容易に措信できないものである。すなわち関係証拠により本件犯行当時の状況を検討すると、第一組合のストライキ突入後、新栄会員は他の非組合員とともに右ストライキに一旦参加同調しながら数日を出ずして就労を決意し、第一組合に対し闘争方針の転換を迫るとともに会社に対し就労の意思を伝え、一二月一〇日夜には前述のごとくきよ香旅館において会社側と協議するに至ったので、第一組合はこれを会社と一部新栄会幹部による争議切りくずし工作と考え、会社管理職等に対し激しい敵がい心を抱いていた折から、またも右命令書が作成掲示されようとしたので、被告人斎藤は、これを会社の露骨な争議切りくずしと判断し、判示のごとく激しい抗議に及んだことが明らかであるが、このような状況下において被告人斎藤が強い反感を抱いている会社の右命令書をわざわざ折りたたんで第一組合員に手渡したということ自体かなり不自然であるというべきであるし、第五回公判調書中証人竹内好一の供述部分によると、被告人斎藤は右文書をもって竹内に激しく抗議し、同人が右文書を確認するためこれを手交するよう求めたところ、何人かが渡すなと叫んだので同被告人は、判示のごとく、やにわに右文書を両手でまるめてしわくちゃにして投げすてたというのであるから、これに前述判示行為当時の状況経過等諸般の事情をあわせ考えると、判示認定事実の心証をえるに十分である。もっとも、弁護人は竹内の右供述部分は検察官の「その紙を斎藤が両手で丸めたんですか」との誘導尋問に答えてなされた供述であるから証明力は弱く、また、≪証拠省略≫中には被告人斎藤が右文書をもみくちゃにしたか否か、投げすてたか否かは明確に記憶していないとの供述が存するから被告人斉藤の判示行為は証明不十分であると主張するけれども、右竹内の供述は、検察官の右誘導尋問に先立ってなされた「(団体交渉のため)二階に上る前に何かありませんでしたか」との尋問に対し、自らすすんで「……斎藤君からこれ何んやいうて大きな紙を持って私の方へ出しかけました……ぼくはそれを受け取ろうと思いましてなんやと手を出したんですがそんなもの渡したらいかんと誰かが言いまして、斎藤君はくちゃくちゃと丸めて事務所の外へ、入口から外へ放りました」云々と供述したものであるから、右供述が誘導尋問に答えてなされたものとはいうべくもないし、前記中尾の供述部分もなお全体としてみると、被告人斎藤が右命令書をもみくちゃにしたと供述していることが明らかであり、ただ右文書を誰かに手渡したかこれを放ったものかははっきり記憶していないというにすぎないのであるから、被告人斎藤の前記供述をもってするも未だ判示認定を覆えすに至らない。

(三)、次に本件業務命令書が、刑法二五九条所定の権利義務に関する私文書に該当するか否かについて検討する。

判示認定事実によると右命令書は、会社従業員たる非組合員に対し同人らが会社との労働契約に基づいて負担する労務提供義務の履行を命じた社長竹内好一名義の意思伝達文書であると同時に右義務履行の存否を証明する文書でもあるから単なる事実証明に関する私文書ではなく権利義務に関する私文書というべきである。

(四)、よって、さらに右業務命令書が、無効、かつ違法な文書である否か、被告人斎藤の判示行為が正当な行為といえるか否かについて検討する。

右文書が、非組合員を対象として作成され掲示されようとしたことはすでに明らかであるから、もし右文書の掲示目的が弁護人の主張のとおり、会社側において新栄会に属さない非組合員が第一組合の前記ストライキに参加している事実を知りながら同人らを右ストライキから離脱させる目的をもって敢えて右文書を掲示しようとしたものであるならば、争議の切りくずしを目的とした違法な文書であり、その掲示は違法な行為というべきである。しかしながら、関係証拠を検討するも会社側が弁護人主張のごとき違法な意図をもって右文書を作成掲示しようとしたことを認めるに足る証拠はない。すなわち、右非組合員らが第一組合員の説得により少なくとも一二月九、一〇両日就労せずストライキに参加同調したことは前述のとおりであるけれども、会社側が右非組合員がストライキに参加し、自らもストライキを行っていた事実を認識していたかどうかは甚だ疑問である。なぜなら、前記第一の三記載の事実によって明らかなとおり右非組合員は本件争議のはじめから第一組合と盟約を結びこれと一体となって年末一時金要求を掲げ積極的にストライキを遂行しようとしたものではなく、第一組合のストライキ突入後、同組合員の強い説得によって、右ストライキに同調し、あるいは参加したものであるが、当時右非組合員が会社に対してストライキを通告していた事実はもちろんピケッティング、団体交渉等に積極的に参加していた事実も認められないのであるから、同人らが第一組合のストライキの趣旨に賛同し積極的にこれに同調協力して統一ストライキにはいったものか、それともまた単に第一組合員との感情的対立を避けるために不本意ながらもその説得に応じて、就労しなかったにすぎないものか見る者の立場によって異り、必ずしも明確であったとはいい難いから、竹内、中尾らの会社幹部が右の状況を目して右非組合員が第一組合の説得に応じて就労することを差し控えただけであると解釈したとしても、従業員の就労と営業の継続を希望する立場にある会社幹部としては無理からぬところである。従って、右非組合員の不就労の実体が前述のごとくストライキ権の行使であり、その結果同人らに対する右業務命令が右非組合員らとの関係においては何らの効力を生じないものであったとはいいえても、さらに進んで右命令が第一組合と右非組合員との団結を侵害し、非組合員をストライキから離脱させて争議を崩壊させる意図から出たものであり、右文書も右目的に沿って作成されたものと認めることは到底できない。しかのみならず、前記関係証拠によると、右文書の掲示目的は右非組合員に対し、就労命令を発しこれを周知させることのみにとどまらず、就労希望意思の明らかな新栄会員に対しても右命令を徹底させ就労しやすいようにするとともに、第一組合員に対し非組合員らによる就労を妨害しないことを要望することにあったことが明らかであるから、この点からみても右業務命令に弁護人主張のごとき違法な目的があったと断定することはできない。

しかしながら、一方、第一組合員としては、非組合員らは第一組合員の説得に応じて九日からはストライキに協力し、統一ストライキを行って要求貫徹のため一致団結していたにもかかわらず、まず、一〇日に新栄会が争議より離脱し、第一組合に対し闘争方針の転換を迫るとともにきよ香旅館に集合して会社側と協議するに至ったため、被告人斎藤はじめ第一組合員らは右新栄会の態度は会社の争議切りくずしによって生じた裏切り行為にほかならないと考えて、会社および新栄会に対し激しい敵意を抱いていたところであり、かかる状況下において、会社が右命令書を作成掲示しようとしたのであるから、被告人斎藤がこれを争議参加労働者に対する会社側のかく乱工作であり到底許されない違法な行為であると考えて竹内に抗議したとしても、それもまた第一組合員としての立場上むりからぬところである。しかしながら、判示行為当時、被告人斎藤において、竹内に対し新栄会員を除くその余の非組合員は現に第一組合とともに統一ストライキを決行中であり、従って会社側が右のような文書を作成して掲示することは許されないことなどを主張説明して右業務命令および命令書の撤回又は内容の訂正を申入れ、それでもなお竹内がこれに応じない場合にはじめて判示行為に及んだのであれば、格別、判示のごとく被告人斎藤の突然の抗議のため右抗議の事情理由を十分理解していない竹内に対し、やにわに短時間抗議をしたのみで同人の弁解主張を聞かず、第一組合員から「渡すな」と言われるや直ちに右文書をまるめて文書の完全性を破壊し、これを放棄することは抗議の範囲を明らかに逸脱したものというべきであって、本件行為の動機、目的、態様等諸般の事情を総合考慮するも到底正当な行為とはいうべくもない。

(五)、次に、被告人斎藤の判示行為が威力業務妨害罪を構成するか否かにつき検討する。

前述のごとく前記業務命令書による業務命令は、前記ストライキに参加中の非組合員に対しては何らの効力を有しないものであるけれども未だ違法な命令とはいい難いものである。のみならず争議中といえども会社は原則として就労を希望する従業員を使役して操業を継続する自由を有するものであるから、右命令は、就労を希望している新栄会員との関係においては依然有効な命令であり、右命令書は右命令を新栄会員に周知徹底せしめるために必要な意思伝達の文書であったのであるから、判示のごとく右命令書を両手でまるめてしわくちゃにし文書の完全性を破壊してこれを放棄し、右業務命令の伝達を妨害した被告人斎藤の判示行為は、右文書によって前記業務命令を伝達しようとした竹内らの意思を制止するに足る勢力を用いたというべきであり、このことは後記のごとく同人らが再び右文書を掲示しえなかったことによっても明らかであるから、まさに威力を用いて会社の新栄会員に対する業務命令の伝達を不可能ならしめ、もって右業務を妨害したものというべきである。

しかのみならず、関係証拠を検討するも、弁護人主張のとおり右命令書を再度作成掲示し又は他の手段方法による業務命令の伝達が可能であったか否かはすこぶる疑問がある。すなわち、被告人斎藤はじめ第一組合員数名が右命令書の作成掲示に関し会社側に激しく抗議し、有無を言わせず判示行為に及んだ経緯、状況、態度等諸般の事情に鑑みると竹内ら会社幹部が第一組合の右抗議を無視し再び同様の文書を作成掲示しようとすれば、一層第一組合員らの怒りを買って事態を悪化させ到底業務命令書掲示の目的を達しえないと推測し、混乱を避けるためやむなく右文書を再び作成しなかったものであることが明らかであるし、また本件事案発生直後に会社が新栄会員等、就労希望者に対して実施しようとした就労点呼も第一組合員の妨害によって中止のやむなきに至った事実を考えれば、文書掲示以外の手段による業務命令の伝達も不可能又は著しく困難であったことは推測するに難くないところである。従って、会社が再度右命令書を作成掲示しようとしなかったことはやむをえないところであり、また他の手段方法により右命令の伝達をはからなかったとは到底いえないから、会社側が右文書を再度作成掲示しようとしなかったことおよび他の手段方法による右命令の伝達をはからなかったことを理由に右業務命令が不必要かつ無価値なものであったという弁護人の前記主張はその根拠を欠き失当である。

よって、本件事実に関する弁護人の主張はすべて理由がない。

二、判示罪となるべき事実二について、

(一)、弁護人は、本件行為は一二月一一日深夜から翌一二日未明にかけて遂行されたものであって、被告人宮本、同斎藤が右実行行為に関与しなかったのはもちろん共謀にも関与していないし、かりに被告人両名が被告人筒井とともに右行為の共謀および実行に加担していたとしても、判示行為は刑法二三四条所定の威力業務妨害罪を構成するものではない。もし、かりに該当するとしても判示行為は会社側がストライキから脱落した新栄会員らをしそうして就務を強行させようとしたことに対抗して行なわれた正当な争議行為であって、労働組合法一条二項により違法性が阻却され、右被告人らは無罪であると主張する。

(二)、よって、先ず、被告人宮本、同斎藤が判示行為の共謀および実行に関与したか否かについて検討する。

なるほど、被告人斎藤は、当公判廷において、自分は当時身体の疲労が激しかったため一一日夜の組合員全員集会散会後直ちに就寝し、翌一二日午前七時頃起床して判示現場に行くとすでに殆んどの営業車の車輪タイヤの空気は放出されていたので、同人は構内を一巡してこれを確認したにすぎないと供述し、また被告人宮本も当公判廷において、自分は右集会終了後直ちに仮眠室で就寝し、翌一二日午前七時頃起床したが右集会で決議された空気抜きのことが気にかかったため直ちに判示現場に行ったところ、すでに大半の営業車の車輪タイヤの空気が放出されており、同人の知らぬ間に右集会の決議が実行にうつされたものであって同人は右実行行為には関与していないと供述するけれども、右各供述はいずれも容易に措信し難いものである。すなわち、関係証拠によると、右空気抜きは、第一組合員の説得により一旦ストライキに参加同調しながら数日を出ずして右ストライキから離脱した新栄会員が一一日午後第一組合に対し闘争方針の変更を強く迫るとともに、翌一二日は万難を排して就労を強行するとの決意を示したため、第一組合幹部は前記ストライキの即時壊滅につながる右新栄会の就労および会社による車両搬出を防止するための対策に苦慮し、直ちに執行委員会、次いで組合員全員集会を開催し、慎重討議の結果、窮余の策として本件空気抜きの実行が決議されたものであり、第一組合員としては右実行に関し容易ならざる決意を秘めていたことが窺われる。ところで右集会においては右空気抜きは一二月一二日早朝迄に全員で実行に移すとの決議がなされただけで、さらに具体的な実行時期、方法、分担等は当時の第一組合副執行委員長で争議の総指揮者であった佐藤に一任されたものであるが、当時被告人宮本は執行委員会幹部であって前記新栄会との交渉にも立会い、また被告人斎藤は同じく執行委員であって右両名はいずれも本件争議の闘争方針の決定ないしは指導等に参画する立場にあり、それゆえにこそ前記執行委員会にも出席し、全員集会においても幹部として右決議に賛同して本件空気抜きを共謀したものであるから、いかに佐藤が前記決議によってその具体策を一任されたとはいえ、かかる立場にある被告人両名に一言の相談も連絡もせずして前記重要決議を実行に移すとは到底考えられず、その間就寝していたため右実行行為に関与していないという被告人両名の供述は措信しえない。すなわち、被告人筒井の検察官に対する前記各供述調書(ただし、昭和四〇年一月二六日付、同月二九日付、同年二月一日付のもの)によると、被告人筒井は判示当日午前七時過頃会社車庫付近において駐車中の営業車の空気がすでに抜かれている状況を目撃したが、その際自らも会社車庫内の大五か一九―八一号車、同一九―七六号車のタイヤの空気を抜き、それを終えて西方へ行くと北側に同様空気抜きを終えた様子の中村に会い、その後佐藤を目撃し、車庫前付近で被告人宮本が「余り急激に抜くとシューと大きな音がするので少しづつ抜かなあかんぞ」と言っており、同斎藤が「どの位でとめよう、全部抜いてしまうんか、途中でとめるんか」などと発言し、なお浜岡が「バルブをどうこうする」云々と述べているのが聞え、右三名の後姿を確認したと供述し、第一七回および第一九回公判調書中の証人中村寛の供述部分、同人の検察官に対する前記各供述調書によると、中村は判示当時午前七時頃会社車庫付近において同所に駐車中の営業車数台のタイヤの空気が放出されており、同所付近において、被告人宮本と同筒井らしい男ほか第一組合員二、三名の姿を目撃したが、その際被告人宮本は中村を認めるや、手招きして車庫付近に呼びよせ「そこらのやつを全部抜いてくれ」といって付近に駐車中の営業車のタイヤの空気抜きを指示し、中村はこれに従って有蓋車庫内北東隅の営業車三、四台のタイヤ一〇本程度のバルブをゆるめて空気を抜いたが、被告人宮本は手にしていた長さ一五ないし二〇センチメートルのドライバー様の道具を用いて、同筒井らとともにタイヤの空気を抜いていたと供述し、第二一回公判調書中の証人丸野基晴の供述部分、同人の検察官に対する前記供述調書によると、当時会社従業員寮二階一室に起居していた丸野は判示当日の午前七時三〇分ないし八時頃に目覚めた際、窓外の車庫付近から車輪タイヤ数個の空気を抜くとき発せられるシューという音を聞き、前同所付近をながめると営業車のタイヤの所にしゃがみ、タイヤの空気をぬいている様子の被告人宮本と中村の姿を目撃したが、その付近から前記空気の抜ける音が聞えたし、被告人宮本は長さ約一五センチメートルのドライバーを右手に持っていた。丸野が窓を閉めた後、前同所で何者かが「これみんな抜くんか」と言ったのに対し、被告人宮本の声で「全部や」と答えるのを聞いたと供述しているが右各供述記載に前記空気抜きの決議が組合員全員集会でなされるに至った動機事情、被告人両名の第一組合員における地位、役割等諸般の事情を総合検討すると判示認定事実の心証をえるに十分である。もっとも、弁護人は、右証人丸野基晴、同中村寛の各供述部分によっては到底判示事実を認めえないものであるし、また同人らおよび被告人筒井の前記各供述調書は到底措信しえないものであると主張する。すなわち、右各証人はいずれも被告人宮本、同斎藤の判示行為を現認したものではなく、さらに丸野の前記各供述調書の内容は公判廷での供述と重要な点において相違するものであって、その内容について全く反対尋問のテストを受けていないし、その供述を回避しようとする態度からみて右調書を措信することは危険であり、また中村の前記各供述調書によると、同人は被告人宮本から空気抜きの指示を受け、同人および不正確ながら被告人筒井と記憶にある男とともにこれを実行したというのであるが、同人は公判廷において、指示したのが被告人宮本であったという記憶は取調当時から全くなく、供述当時早く取調を終えてほしかったことと、別に大したことにならないという取調官の言を信用してこれに迎合したのであるから右各供述調書は信憑力がないし、また被告人筒井の前記各供述調書には、被告人宮本、同斎藤の判示行為を現認したかのごとき記載があるけれども、同人の公判廷での供述によると右調書はすべて取調官の強引な押つけと誘導によって作成されたものであるから措信できないものであると主張するのみならず、さらに第二三回公判調書中の証人北村佐治夫の供述部分によると、同人は一一日夜はピケ当番のため会社構内を巡回中、午前零時過頃から三〇分間位に亘り判示現場において前記斎藤、同浜岡、同中村ほか五、六名がタイヤの空気を抜いているのを目撃したが右五、六名の者についてはその氏名を確認していないけれども、右目撃時刻の五分ないし一〇分前に北村が仮眠室を見廻った際、被告人宮本が就寝中であったことを目撃したという趣旨の供述があるが、これによると本件事案は一二日未明に実行されたものであり、被告人宮本はこれに関与していないものであると主張する。

なるほど、前掲証人丸野、同中村の各公判調書中における各供述部分のみによっては、判示認定事実を認めるにはいささか不十分であるといわなければならない。しかしながら、前記丸野の供述調書と公判廷での供述の相違点は、専ら証言時における記憶の喪失に基因するものであって、供述調書に誤りがあるというわけのものでもないし、検察官の記憶喚起によって供述調書に沿う趣旨の供述をし、弁護人の反対尋問に対しても右供述をひるがえさず、右供述調書作成当時は知るかぎり真実を述べたというのであるから、記憶の比較的鮮明な時期になされた右供述調書は十分措信しうるものであるし、また中村の前記供述調書の供述記載と公判廷での供述との相違点も記憶の喪失に基因するものであり、ただ、空気抜きの指示をした者については右取調当時から記憶がなかったというのであるけれども、中村にとってははじめての経験事項であり、自らも逮捕されるに至ったような出来事の際に空気抜きを指示した第一組合員の氏名を事件後僅か五〇日を経過した時点で忘れるということ自体極めて不自然であって、むしろ中村は被告人らとの友人関係が悪化するのをおそれるの余り、被告人らに不利益な事実についてはいたずらに証言を避けようとしている態度が明らかに看取せられるし、また同人に対する取調は逮捕中の昭和四〇年一月二四日にも行われているが、その多くは釈放後の同月三〇日、同年二月一日に任意の取調に応じてなされているにもかかわらず、同日付調書においては右一月二四日と同趣旨の供述をより詳細明確になしている事実から考えて、同人のいう供述当時早く取調を終えてほしかったため取調官に迎合し心ならずも供述したものであるとの前記弁解は極めて信用しがたい。また、被告人筒井は当公判廷において、各供述調書の記載内容は自ら任意になしたものではなく、検察官が他の者の調書を一方的に押しつけ、誘導し、強制的に作成したものであると弁解するけれども、同人の公判廷における供述態度のあいまいさ、ことに、いたずらに供述を避け弁解に終始しようとする態度に照し、右弁解は容易に採用しえないものがあるばかりか、同人の右各供述調書を比較検討すれば、おのずから明らかなごとく同人は数回に亘って取調べられたが、その際全面的否認から部分的否認へ、次いでほぼ全面的自供へと変化しているけれども、右調書には否認は否認のまま正確に記載され、後日これを訂正し、その際訂正に至った事情を述べていることや、さらに被告人筒井の調書にのみ記載のある事項(例えば同人が空気抜きを実行した車両の登録番号等の記載)等はこれを実行した者でなければ容易に記憶しえないという事実から見ても取調官によって誘導され、他人の調書を強引に押しつけられたという同人の弁解は当をえたものでないことが明らかであって、要するに被告人筒井の公判廷における供述は、同僚である被告人宮本、同斎藤が不利益を被ることをおそれるの余り、前記各供述調書についての弁解に終始しているにすぎないものであって到底採用しえないものである。そうだとすると、前記各供述調書についての弁護人の主張はいずれも理由がなく、右各供述調書の内容は措信しうるものであるといわなければならない。従って、右に反する被告人宮本、同斎藤の当公判廷における各供述およびこれに沿う前記北村の供述部分は到底措信しがたいものであり、判示認定事実を覆えすに至らないものである。

(三)、次に被告人三名らの判示行為が威力業務妨害罪を構成するか否かについて検討する。

(1)、まず、右判示行為が会社の業務を妨害したものであるか否かにつき判断する。

関係証拠を検討すると、被告人三名は、第一組合員多数と共謀の上、一二日に予定されていた会社の営業再開と新栄会の就労を阻止するため判示行為に出たものであって、その結果会社をして一二日の営業再開を断念せしめたことが明らかであるから、判示行為は会社の業務を妨害したことが明らかである。

弁護人は、労働争議は必然的に生産手段と労働力の結合阻止を本質とするものであるから、営業車の使用業務の妨害は当然予想されているのみならず、一二月八日以降一一日までの四日間に亘る争議行為、とりわけ第一組合によるピケッティング、キーおよび自動車検査証の保管によって営業車の運行業務は事実上阻止されていて本件行為によって殊更業務を妨害したものではないし、また当時の会社側の操車態勢を見ても衝突を敢えてしてまで就労を強行しようとする意図は認められなかったから、会社自ら営業車の使用業務を放棄していたものであって、妨害の対象たる業務は存しなかったのみならず、会社は日常運行において車両の占有保持を担当運転手に委ねており、本件争議も職場占拠に類する態様で遂行されているのであるから、会社側が改めて運転手の右占有保持を排除しないかぎり未だ正常な管理業務は確保されているといえないから被告人三名らが判示行為に及んだとしても、車両の使用および管理業務を妨害するものではないと主張する。

なるほど、労働争議とくにストライキは必然的に生産手段と労働力の結合の阻止をその本質とするものであることは弁護人主張のとおりであるけれども、その手段方法は原則として自己が負担する労働契約上の労務提供義務の履行を拒否し、あるいは会社による営業および従業員の就労を説得又は相当な手段方法をもって阻止するなどし、その結果として業務を妨害しうるにすぎないものであって、本件判示のごとく積極的な行為によって会社所有の自動車に作為を加えて機能を失わしめ、会社に対し営業を断念せしめるとともに新栄会員の就労を実力で阻止し会社の業務を妨害することは許さるべくもない。また、関係証拠によると第一組合によるピケッティングが強化されたのは判示犯行後の一三日からであって判示当日のピケッティングはさほど強力なものでなかったこと、従って会社管理職はじめ非組合員らも自由に会社に出勤して会社業務の一部を継続し、かつ車両管理等にあたっていたものであるし、未だ職場占拠が行われていた事実はない。またキーおよび自動車検査証は車両運行に必要なものではあるけれども、第一組合によるキーの保管は僅か六両分であり、右キーについても会社においてスペアキーを有していたことが明らかであるし、かりにスペアキーを欠く車両が現存していたとしても残余の車両を使用して営業することも可能であり、また、自動車を運行の用に供するには法令により常に自動車検査証の備付を義務づけられているから、これが備付なくして自動車を運行の用に供することは、もとより違法であることは明らかであるけれども、右違法の故をもって運行が事実上不可能になるわけでもない(行政法規に違反する右業務もなお業務妨害罪における業務として刑法上の保護対象となりうる。)から弁護人主張のごとく前記ピケッティング、およびキーと自動車検査証の保管によって会社の車両使用および管理業務を事実上阻止していたとはいえない。むしろ、会社は八日に一部非組合員を使役して営業を継続していたことは前述のとおりであるし、九、一〇両日営業を中止したのは右事由に基づくものではなく、専ら前記統一ストライキによるものであるし、また一一日の営業を断念したのは、第一組合員による妨害を考慮し、無用の混乱をさけるためやむをえずとった措置であって、その際就労希望者を社内に待機させていることなどの事実に照しても、会社が自らその業務を放棄していたということはできない。かえって関係証拠によると、一一日における会社の営業再開決意および新栄会の就労意欲は極めて強いものがあって、そのため前述のごとき第一組合に対する新栄会の強い申入がなされたものであり、第一組合員において翌一二日からの営業再開が必至であると考え、右営業と新栄会の就労を阻止しなければ第一組合の前記ストライキは、直ちに壊滅すると判断したからこそ判示行為がなされたものであって、その目的は営業の阻止にあり、その結果を招来したことも亦前述のとおりである。

(2)、よって、判示行為が威力によるものであるか否かについて検討する。

弁護人は、本件各営業車等は第一組合員らスト実行者によって職場占拠に類する態様で事実上占有されていたのであり、その限りにおいて会社側の制止を排することもなく平穏裡に空気抜きを遂行した行為は威力によるものとは認められないと主張する。

しかしながら、関係証拠によると、本件事案当時第一組合員および新栄会員を除くその余の非組合員によって前記ストライキが継続されていたことは前述のとおりであるけれども、なお会社管理職は会社に出勤して業務を遂行し、前記車両を管理占有していたことが明らかであるから、未だ職場占拠は行われていなかったのである。ところで、刑法二三四条にいう「威力」および「威力を用い」とは、犯人の威勢、人数および四囲の状況よりみて被害者の自由意思を制圧するにたる勢力をいうものであって、その行為の必然的結果として人の意思を制圧するような勢力を用いれば足り、必ずしも現に業務に従事している者に対してなされることを要しないものである。従って、判示行為が一二日早朝に隠密裡に実行されたため会社側の制止を受けず、従ってまた、これを排除することなく平穏のうちに遂行されたとしても合計一三一個にものぼる車輪タイヤチューブのバルブをゆるめるなどの方法を用いて空気を放出し、その行為の結果として、一時的にせよ会社所有営業車等三九両中三五両の走行機能を不能にしたものであるから、判示行為は、会社に対し、その業務遂行の意思を制圧せしめるに足る勢力を用いたというべきであり、また現に同日の業務遂行を断念せしめたこと前記のとおりであるから、判示行為は威力の行使にあたらないとする弁護人の主張は理由がない。

(四)、よって、本件行為が正当な争議行為か否かにつき検討する。

思うに、いわゆる労働争議は労使間の相対的に流動する複雑な法律関係であるから、その正当性を判断するにあたってはあくまで具体的事案に則し当該争議行為の目的と態様の両面から評価すべきものであって、たとえ争議の態様に些細な行きすぎがあったからと言って直ちにこれをとらえて労働者の地位の向上等本来正当な目的に出た当該争議を直ちに違法視することはもとより許されないところである。しかしながら、また争議権の本質は原則として労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団結して持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであって、使用者が自ら行なおうとする業務遂行に対し暴力を行使してこれを妨害することはもとより、不法に使用者側の自由意思を抑圧し、あるいはその財産に対する支配を阻止することはもとより許されないところである。ところで、本件事犯に至る経緯は前述のとおりであって、新栄会員は九日頃ストライキに参加したものの両三日を出ずして右争議から離脱したものであるけれども、もともと新栄会員は、その余の非組合員とともに当初から第一組合と盟約を結び協同一体となって争議団を結成し、ストライキを遂行したものではなく、第一組合のスト突入後その強い説得により一部の者は積極的に、一部の者は不本意ながら第一組合員とのトラブルを避けるために右ストに同調ないしは参加したものであるところ、一〇日に会社側の前記最終回答が示されるに至り、これが受諾を欲する新栄会員は第一組合に対し強硬に闘争方針の転換を迫る一方、会社に対しては就労の意思を明確にしたので、会社としても営業を再開しようと考え、同日夜きよ香旅館に新栄会員を集合させて対策を協議し、翌一一日前記のごとく非組合員に対し業務命令を発しようとし、一方同日新栄会は第一組合に対し再び強硬な闘争方針の転換、スト中止の申入を行い、その際前述のごとき強い決意を示したものであって、弁護人主張のごとく会社側が一部新栄会幹部と、通謀の上、積極的に争議の切りくずしを画策した結果新栄会が前記ストから離脱したとはいいえないものである。従って、右新栄会の行動、態度を指して、争議中における同一組合員の組合からの脱退および第二組合の結成、就労という事例と同視することはもとより許されず、また第一組合員等スト参加者に対する背信的裏切行為と解することも妥当ではないし、会社と新栄会の前記協議を指して第一組合に対する争議切りくずしともいうべきではない。のみならず、争議中といえども会社は原則として操業の自由を有するものであるから、右述のごとく新栄会からの就労申入に応じて営業を遂行しようとすることもまた当然許されるところである。しかるに、第一組合員は、右新栄会の強い就労意思と態度に驚くとともに右就労によって生じる車両の社外搬出が直ちにスト壊滅ひいては争議の敗北につながると判断し、これを防止するため窮余の策として本件行為に出たものであって、スト遂行中の第一組合としての立場上、現実的にも心理的にもまことに同情すべき点は多々あるけれども、一面スト中といえども、本来自由であるべき会社の営業権を威力により侵害し、新栄会の就労を妨げたものであるから、本件争議行為の動機、目的、態様等諸般の事情を考慮にいれるとしてもなお正当な争議行為とは評しえず、労働組合法一条二項但書のいわめる暴力の行使に該当するものといわざるを得ない。

よって、本件事実に関する弁護人の主張はすべて理由がない。

三~六、判示罪となるべき事実三~六について、≪省略≫

第五、法令の適用

被告人斎藤の判示罪となるべき事実一の行為中、私文書毀棄の点は刑法二五九条に、威力業務妨害の点は同法二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条に、被告人宮本、同斎藤、同筒井の判示同二の行為はいずれも包括して刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条に、被告人片岡の判示同三の行為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条に、被告人斎藤の判示同四の(一)の行為および被告人宮本の判示同四の(二)の行為はいずれも刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条に、被告人宮本、同斎藤、同片岡の判示同五の行為はいずれも暴力行為等処罰に関する法律一条、罰金等臨時措置法三条に、被告人片岡、同筒井の判示同六の行為はいずれも刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条にそれぞれ該当するところ、被告人斎藤の判示同一の行為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い私文書毀棄罪につき定めた懲役刑で処断することとし、その余の右威力業務妨害、傷害、暴行、暴力行為等処罰に関する法律違反の各罪についてはいずれも所定刑中罰金刑を選択する。

ところで、被告人四名の判示各罪は、各被告人ごとに刑法四五条前段の併合罪の関係にあるから、被告人斎藤については同法四八条一項により判示同一の罪の懲役と同二、四の(一)、五の各罪の罰金とを併科し、なお右罰金については同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で処断することとし、被告人宮本、同筒井、同片岡についてはそれぞれ同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で処断することとする。

以上の刑期および各罰金額の範囲内で、後記量刑の事情を考慮した上、各被告人に対しそれぞれ主文第一項掲記の刑を量定処断し、なお刑法一八条により主文第二項のとおり労役場留置の言渡をし、被告人斎藤に対しては情状により同法二五条一項により主文第三項のとおり右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文第四項(別紙訴訟費用負担一覧表記載)のとおり負担させることとする。

第六、無罪理由

一、昭和四〇年(わ)第二〇七四号事件公訴事実第一について、

本件公訴事実中、威力業務妨害を除くその余の要旨は「被告人宮本、同斎藤、同筒井は、ほか多数の組合員らと共謀の上、同人らと共同して、非組合員らの就労を阻止するため昭和三九年一二月一二日午前七時過頃、会社構内に駐車または保管してあった会社所有の営業用自動車三五両の右前車輪、右後車輪、左後車輪各三三個、左前車輪三二個の各タイヤチューブのバルブをはずす等の方法で各車輪の空気を放出させ、右自動車を一時使用不能ならしめ、もって数人共同して会社所有の器物を損壊したものである」というにある。

よって以下判示罪となるべき事実二に関する前掲各証拠を総合して検討を加えると、被告人宮本、同斎藤、同筒井ほか第一組合員数名は、判示罪となるべき事実二記載のとおり、第一組合員多数と共謀の上、新栄会の就労を阻止するため判示同二記載の日時に別紙空気放出車両一覧表の自動車の駐車又は保管場所欄記載の場所において、車両のタイヤチューブのバルブをはずし、あるいはゆるめる等の方法を用いて前同所に駐車又は保管中の右一覧表記載の会社所有の営業車等三五両の車首方向右側前後各車輪、同左側後車輪各三三個、同左側前車輪三二個の各タイヤチューブの空気を完全又は走行不能な程度に放出したところ、所轄警察署は会社の申告に基づき第一組合の右空気抜き行為に関する捜査に着手し、同日午後零時五分から同一時二〇分までの間に第一回実況見分を行ったので第一組合幹部らは右捜査に驚き警察官の争議介入をおそれて急きょ車輪タイヤに空気を注入することを決意し、修理工および第一組合員ら五、六名が右空気注入作業を開始しようとしたところ、右空気注入作業に必要不可欠なエアーコンプレッサーが破壊(電気配線の取外しとホースの切断)され、さらにバルブ約二〇本が紛失していた結果、これが修理とバルブの購入に少なからず手間取ったため、第二回実況見分開始時の同日午後四時三五分までの間に右空気注入に利用しえた時間は僅か四、五〇分にすぎなかったけれども、その間前記一覧表記載のごとく営業車一二両(番号一ないし三、一〇ないし一二、一五、一六、二四、二五、三〇、三一)の全車輪タイヤおよび営業車四両(番号七、一三、一四、三二、うち完全修復は七、三二の二両)の車輪タイヤ一〇個ならびにマイクロバス一両(番号三四完全修復)の車輪タイヤ二個にそれぞれ空気注入を完了して営業車等一五両を修復し、右第二回実況見分のため一旦空気注入を中止するのやむなきに至ったが、右見分の終了とともに同日午後五時四〇分頃から空気注入作業を再開し、同日夜までの間残余のほぼ全車両(約二〇両)の各車輪タイヤの空気注入を完了したこと、従って右約三五両の車輪タイヤの空気注入作業の実質所要時間は約二、三時間にすぎなかったと推定されるばかりか、右空気注入にあたっては前記エアーコンプレッサーの修理とバルブ約二〇本を購入した点を除けば、他に特に新たな材料部品を補充付加し、あるいは特殊技術および多くの労力ないし費用を必要とせず、従って空気注入行為自体はいとも容易に行いえたばかりか、空気注入によって自動車の機能形態はいずれも完全に旧に復し、その機械構造には何んら物質的・有形的ないしは感情的損傷を残さなかったことなどの事実が認められる。

もっとも、前記のごとく本件空気注入開始当時すでに何者かによって右空気注入作業に必要不可欠なエアーコンプレッサーが破壊され、さらに一部車両のバルブ約二〇本が放棄ないしは散逸しその所在が判明していなかったため、本件空気注入作業を開始するにあたっては、まず右エアーコンプレッサーの修理とバルブを入手する必要があったのであるから単にバルブをゆるめるなどして空気を抜いた場合と異り、右空気注入作業は後者と比較して長時間を要し、若干の出費と労力および技術を必要としたことは容易に推測しうるところである。ことに、バルブを除去放棄された当該自動車に空気を注入するには新たにバルブを購入付加しなければならなかったのであるから、軽微とはいうものの物質的損傷を与えたといわざるをえない。従って、もし右のバルブが故意に除去放棄されたものであるならば、器物損壊罪を構成するおそれなしとしない。しかしながら、本件行為の際、被告人三名らが自ら又は何人かと共謀してエアーコンプレッサーを破壊し、バルブを放棄したことを認めるに足る証拠はない。すなわち前掲証拠によるも被告人ら三名が自ら右エアーコンプレッサーを破壊した事実を認めることはできず、さらにバルブを除去していた点はともかくとしてこれを放棄していた事実を認めることはできない。また前述の組合員全員集会における空気抜きに関する決議は前記のごとく単に一二日迄に全員で空気抜きを実行することが確認されたにとどまり、さらに進んでエアーコンプレッサーを破壊し、バルブを除去放棄する趣旨内容を含んでいたとは到底考えられないから、右集会において右行為の共謀が成立したとは到底言えないし、また被告人三名が何人かと右エアーコンプレッサーの破壊およびバルブの除去放棄について謀議をめぐらしたことを認めるに足る証拠もない。従って、本件空気抜き行為に参加したうちの何者かが右エアーコンプレッサーを破壊し、バルブを除去放棄したとしても被告人三名がその結果について責を負うべきいわれはない。従って、本件空気抜き車両の修復状況ひいては器物損壊罪の成否を検討するにあたっては、右エアーコンプレッサーの破壊およびバルブの除去放棄ならびにこれが修理と入手のために費やした時間、費用、労力、技術およびこれによって生じた右修復に伴う諸種の困難、障害を判断の資料とすることは許されないところである。

ところで、刑法二六一条にいう「損壊」とは、器物の形態を物質的に変更滅失する場合のみならず、事実上もしくは感情上その使用を不能ならしめて器物本来の効用を滅却することをいうのであるが、器物の効用を滅失しこれを損壊したというためには、器物の効用の喪失が相当なものであることが必要であり、それが単に一時的なものにとどまり、その完全な回復が諸般の観点(時間的、経済的、技術的観点)からみて、極めて容易であり、かつ、復旧後器物に何ら有形的、物質的ないしは感情的損傷を残さないような場合には、未だ器物損壊にあたらないというべきである。また、器物損壊罪の客体は刑法二五八条ないし二六〇条に記載する以外のすべての物件であり、その保護法益は個々の器物に対する所有権であるから、器物が損壊されたか否か、本件にあっては前記自動車が損壊されたか否か、従ってその原状回復の難易如何を判断するにあたっては、本件空気抜き行為の対象たる営業車等全部を一括して判断の基準とすべきではなく、各自動車ごとにこれをなすべきものである。

以下この前提をふまえて検討するに、前記認定のとおり被告人三名らの本件空気抜き行為は、なるほど自動車の走行機能を一時的にしろ失わしめるものではあるけれども、右行為は単にタイヤチューブのバルブをゆるめあるいははずすなどして空気を放出させただけであって、右自動車自体の重要な外形、機械構造等には何んらの損傷を与えたものではなく、またその修復にあたっては新たな部品材料を付加する必要はなく、とくに、費用、労力、技術等を用いることなく自動車一両につき僅か数分という極めて短時間のうちに容易に空気を注入し、右空気注入完了後においては自動車に何らの有形的・物質的ないしは感情的損傷を残したものではないから、前記のごとく右修復に至る間一時的に自動車の走行機能を失わしめたことがあったとしても、右行為をもって器物の効用を滅却したということはできない。

よって、被告人三名の本件行為は刑法二六一条には該当せず、従って暴力行為等処罰に関する法律一条に違反するものでもない。

以上の次第であるから、本件暴力行為等処罰に関する法律一条違反の訴因については、結局犯罪の証明がなく、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をなすべきところであるけれども、右はいずれも判示威力業務妨害罪と観念的競合の関係にあるものとして起訴されたものであるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

二、昭和四〇年(わ)第五七九一号事件公訴事実第一について、

本件公訴事実の要旨は「被告人斎藤および同片岡は、共謀の上、昭和四〇年五月四日午後二時三〇分頃、会社従業員寮二号室において、同社営業課長中尾孚(当時三二年)が運転手の仮眠室を完備するため、同室に入居中の被告人片岡に対し、同寮の一号室に移転するよう指示した際『勝手に部屋に入るな。』『部屋替えを強制するのか。』などといい、こもごも平手で同人の胸や背中をつくなどして廊下に押し出した上、さらに手で胸をつき、押すなどし、もって数人共同して暴行を加えたものである。」というにある。

よって検討する。≪証拠省略≫を総合すると、昭和交通は大阪地方陸運局の臨店検査に基づく昭和四〇年四月二八日の勧告および同年五月四日の文書による勧告によって、従来会社が従業員寮の一室に設置していた仮眠室に加えて一人一車制勤務者の宿泊施設を設置する必要に迫られることとなった。よって会社営業課長中尾孚は、前記寮の一室を宿泊施設に当てようと考えたが、当時同寮一号室は会社が現在地に移転して以来引続き約一年に亘り第一組合が事務所として使用していて少なくとも会社は右の使用を黙示的に承認していたし、同二号室は後記のごとく被告人片岡に、同四号室は大西某、香山良次にそれぞれ寮室として貸与されており、なお同八号室はさきに結成された中立組合の組合事務所として本件事案発生の前日たる昭和四〇年五月三日に貸与され、その余の六室は前記仮眠室、会社倉庫、従業員寮室等それぞれの用途に供されていたので、中尾は被告人片岡を前記一号室に、大西、香山を同二号室にそれぞれ移転させた上、右四号室を宿泊施設に利用しようと立案し、大西および香山の承諾を得た後、前記二号室に明番で就寝中の被告人片岡を訪ね、同人に声をかけた後入室して部屋替の必要性および計画を説明して前記一号室への移転を求めたところ、同人は当時一号室は前記のごとく第一組合事務所として借用中であるから、これを寮室として使用することを要求するのは不可能もしくは著しい困難を強いることになり、もしかりに自己が同室を寮室として利用すれば、その結果必然的に右一号室に対する第一組合の既得権に不当な制限を加えることにもなり組合事務所としての機能を喪失又は著しく滅殺する虞が多分にあるにもかかわらず、なお被告人片岡に一号室への移転を要求するのは第一組合および右組合員たる自己への不当な取扱であると考えて、中尾の右要求を拒絶すると同時にその非を責めて同人と押問答中、被告人斎藤が来室し、中尾から右事情を聴取するや、同被告人も被告人片岡と同様の見解から右要求に反対し、中尾の胸部を右手で一回突いたことから、またまた口論となったが、その際中尾は、一号室を第一組合事務所として貸与したことがないなどと言ったため、被告人両名は右発言は第一組合をないがしろにするものであるとしていたく憤激し、被告人片岡において「お前みたいな奴出ていけ」と申向けると同時に被告人両名において中尾の上半身を数回押すなどして同人をむりやり二号室から退去させ、さらに廊下において同人の上半身を数回に亘って押したことが認められる。

検察官は、会社が一号室を第一組合に貸与した事実はなく、第一組合が事実上同室を組合事務所として使用していたにすぎないのであるから、これが明渡を求めることは何ら不当ではない。ことに、中尾は、部屋替の計画を立て、被告人片岡にその旨を告げて承諾を得ようとしたにすぎないのであって、第一組合に対し一号室の使用を禁止するなどの措置を講じたものでもないし、また右一号室には争議前まで従業員吐院佳延が宿泊していたのであり、また同室にあった組合の備品は極く少なかったのであるから、被告人片岡の居住は不可能ではなく、従って同室への移転を求めることは不当ではなく、同人の居住権を侵害するものでもないし、かりに右の部屋替要求が不当であるとしても、未だその交渉のために来たばかりの中尾に対し、十分話合うこともせず、中尾に対し突く押すなどの暴行を加え、有無を言わせず二号室から追い出すような態度は容認すべくもないと主張する。

よって関係証拠を検討し、これに前述の本件争議の事情経緯をあわせ考えると会社が第一組合に一号室を明示的に貸与したか否かは必ずしも明確ではないけれども、第一組合は会社が現在地に移転して以来一年有余の間引続き一号室を組合事務所として使用し、竹内、中尾ら会社管理職においても、右使用の事実を知りながら、かつて一度もその返還を請求したことがなかったばかりか、会社は同室において組合と団体交渉をするなどして右使用の事実を黙認していたことが明らかであるから、少なくとも右使用について黙示の承諾があったものというべきであり、中尾も以上の事実を熟知していたものというべきであるから、正当な理由がないかぎり一方的に第一組合に右一号室の明渡を要求することは許されないところである。また、前記証拠によると検察官主張のごとく本件争議の前頃までは吐院が一号室に宿泊していたことが認められるけれども、同室にはたたみ机、腰掛机、同椅子、小型ロッカー、金庫が各一点と、旗、若干の書類などが備えられていたためかなり手狭であったばかりか、第一組合は当時遵法闘争中で、組合事務の打合や会合等に右事務所がかなり頻繁に利用されていたであろうことは推測に難くないところであるから、組合事務所の必要度およびその利用度は争議前と比較すべくもない。従って、吐院が過去に居住していた事実を理由として被告人片岡も当然にかつ容易に同室に移転居住しうると断ずることは相当でない。のみならず、右事情を考慮すると、一号室での居住は相当の困難と不便を伴うであろうことが容易に推察せられるところであるから、第一組合が一号室を事務所として使用中であることを知りながら、敢えて中尾が被告人片岡に同室への移転を求めることは、同人に対し従前と比較して著しく不利益を強いることになるばかりか、被告人片岡の居住により必然的に第一組合の一号室の使用権限ないし利用方法に相当の困難をもたらすことは想像に難くないところであるから、中尾の右部屋替要求は、被告人片岡および第一組合に対し不利益を強いるものであるといわざるをえない。

しかも、かりに一号室への移転が可能であるとしても中尾の立案した部屋替計画は極めて不合理なものといわざるを得ない。すなわち、中尾は四号室を宿泊施設に当てるために前記認定のような部屋替計画を立てたというのであるけれども四号室を明けるためには同室の大西又は香山のいずれか一名を一号室に、他の一名を二号室に入居させれば二人を移動させるだけで十分こと足りるにもかかわらず、いたずらに前記のような不合理かつ迂遠な方法をとろうとしたこと自体甚だ不可解であるし、さらに会社は、第一組合脱退者らによって新に結成された中立組合に対し、本件事案の前日(五月三日)に八号室を組合事務所として貸与しているけれども、前記宿泊施設設置の勧告が口頭によってなされたのは同年四月二八日のことであるから、当然予想される被告人片岡の反対を押しきってまで前記宿泊施設を必要としたのであれば、中立組合に対する八号室の貸与を差し控えて、同室を宿泊施設に利用すればこと足りるにかかわらず、かかる措置もとらず、翌四日突如として前記のような不合理な部屋替を実施しようとしたことは甚だ不当であり理解に苦しむところである。いわんや、前述のごとく、会社が第一組合員の遵法闘争を理由に賃金カットを行い、積極的に第一組合員に対し、組合からの脱退を勧告強要し、第一組合の切りくずしに出ている長期争議の最中に、右切りくずしの実行者でもあり第一組合員から激しい不信と不快の念を抱かれている中尾が、右のごとき不合理かつ不利益な部屋替要求をしたことは、未だそれが単なる交渉の段階にとどまるものであったとしても、結局は被告人片岡に著しい不利益を強い、第一組合の事務所使用権に不当な制限を加える結果につながるものであるから右のごとき不合理かつ不当な部屋替要求に対し、被告人両名らが第一組合員であるがゆえの不当な取扱であり、さらには第一組合に対する介入行為であると理解したことは無理からぬことであり、従って被告人片岡が睡眠中断から生じた不快感も手伝ったため激しい調子で中尾の要求を拒絶し、直ちに同人の退去を求めたことおよび被告人斎藤も第一組合員として激しい抗議に及んだことも強ち不当とは言えぬところであるし、その際被告人両名において中尾の上半身を数回に亘って押し、同人を二号室から押し出した程度の行為は対立関係にある者に対し退去を求める意思表示に随伴するものとして現実的にも心理的にもやむをえぬところであって、強く責めることはできないものである。また、前記寮廊下における被告人両名の行為もさほど粗暴にわたったとも考えられない。

そうすると、被告人両名の前記行為は人に対する有形力の行使ということはできるけれども、その程度は軽微なものであり、前記中尾の不当な行為に対する正当な退去要求を実現するための手段方法としては必ずしも正当とは言えないとしても、ある程度現実的にやむをえないものであって、未だ常軌を逸しているとは断じがたい程度のものであるから、行為の動機目的、手段方法やその間の経緯、法益の権衡等諸般の事情を考慮すると、被告人両名の右行為は未だ刑法二〇八条所定の暴行罪として処罰するほどの実質的違法性を備えていないと認めるのが相当であり、従ってまた暴力行為等処罰に関する法律一条違反の罪を成立せしめないことも自明である。

以上の次第で被告人片岡、同斎藤の行為は結局罪とならないものであるから、被告人両名に対し刑事訴訟法三三六条により無罪を言渡すべきである。

第七、量刑の事情

本件各事件に至る経緯は概略判示認定のとおりである。ところで最近の自動車運送業界における労使の利害対立と相互不信は次第にその激しさを増し、ともすれば双方自己の利益を追求固執するの余り、争議を頻発させ、これを長期化し、その間各種の紛争を発生させる傾向が強い。ところで、本件争議もその例外ではなく労使双方ことごとに対立し、遂に本件各事件を引き起したものであるから被告人らの刑責を考慮するにあたっては、判示各犯行の現象面ばかりでなく、その原因、動機、目的さらにはその背景事情をあわせ勘案しなければならない。よって本件各事件をみるに、

(1)、判示罪となるべき事実一の行為は、会社側の文書を毀棄し、威力により業務を妨害した行為であってその刑責必ずしも軽くはないが、他面、会社側の意図はともかくとして、前記文書の作成掲示を妨害するに至った被告人斎藤の行為の動機目的には同情すべきものがあり必ずしも強く責められないこと、

(2)、判示同二の行為は、労働争議の過程において、争議戦術としてなされたものとはいえ、その性質は計画的、集団的な行為であって、数時間に亘り威力を用いて業務を妨害したものであるから、健全な労働運動の発展を望む立場からみれば、その刑責軽微とはいえない。しかしながら、前述のごとく新栄会の就労および会社の営業再開が直ちに第一組合のストライキ崩壊につながるものとの判断の下に、右就労阻止のため組合員の総意に基づいて決定、実行されたものであり、右決定にあたっても会社に無用の損害を与えぬよう配慮をめぐらし、実行にあたっても、右決定の範囲を出たものとは考えられないこと、

(3)、また判示同三ないし六の各行為は、いずれも会社営業課長中尾孚の行為に対する組合側の抗議行動の際に単独又は共同でなされた暴力の行使であって、それ自体違法な行為であるばかりか健全な労使関係の確立を願う立場からみれば厳に戒しめなければならないところであるけれども、他方、右各行為は直接には被害者たる中尾孚の不当な行為、態度によって誘発された多分に偶発的なものであるばかりか、前述のごとき会社側による第一組合への支配介入、ことに事実上の経営者であった坂東政雄および前記中尾による、第一組合員に対する組合脱退工作、賃金カット、さらには第二組合員らとの差別的取扱などによって徐々にうっ積していた不満の念が前記中尾の行為を契機として爆発したとみられないふしもなく、会社および被害者においても反省の余地が少なくないこと、

等の諸点および本件全証拠によって認められる一切の事情を比較検討して被告人四名につき主文の刑を量定処断した。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本久巳 裁判官 下村幸雄 裁判官 福井厚士)

<以下省略>

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